忘れ得ぬ人(その4)

「ウチは1日中バーにぶらさがっていたら幸せなんや」

と言うのが口癖なほどの稽古好きな仁美さん

そうかと思えば

「ウチが求めるのは1番や。1番やないなら2番もビリッケツも同じや」

遠くを見つめるような目で言っていたのが印象的。

バレエオタクかと思いきや、恋にも料理にもファッションにも興味深々で、つまり生きることに精いっぱい取り組む方だったのです。

 

その3からの続きです

ベジャールのオーディションに関しては仁美さんには

「ベジャールに電話しようが紹介状を書こうが、彼はそういう事に一切左右されない人やから今回ウチは何もせえへんよ」

と言われたので、私自身はといえば少々心細い思いでオーディションに臨みました。

 

オーディションは特別に設えた形ではなく、カンパニーのクラスレッスンに私を初め数人のオーディション参加者が加わり、担当教師の他にベジャール氏自身が立ち会っての審査でした。

 

レッスン終了後にベジャール氏に呼ばれて恐る恐る彼の前に立つと

「YOU STAY HERE」と言われ私の<第9シンフォニー>出演が決まりました。

 

その時の私をジーと見るベジャール氏の眼を今でも忘れることが出来ません。

彼の眼は深く静かに強い光に満ちていて、私は心の奥までも見透かされたような気持ちで

一瞬、身動き出来なかった記憶があります。

 

その後事務所で契約書にサインをし、「8月末からリハーサルが始まる」と告げられて、カンパニーを後にしました。

建物を出るまでは緊張感でいっぱいで、何も考えられなかった私ですが一歩外に出たとたん、嬉しさが込み上げて・・・早く仁美さんに知らせたい・・・と、彼女の喜んでくれる顔が想い浮かぶのでした。

 

8月末までには大分日が空くことから私は一旦仁美さんのいるパリに帰ることに決め、翌日にはブリュッセルを離れパリに向ったのです。

(その5へ続く)